2009年06月30日

ゴキゲンがよろしくないようで・・・

哺乳瓶拒否から→「無理やり療法」→ミラクル大作戦成功。
とまではいったのだが、
本当の課題は・・・・<b>相方が</b>その難関を突破すること。

乳首を嫌がっているというより、哺乳瓶の感触を忘れてしまった子に、
「昔の感覚」を取り戻してもらうだけのことだけど、
子と接する時間の多い私でも難なことは難だった。

相方がやると全然飲まない。
なだめてなだめて気長にやってもダメ。
泣きはますます激化の一途をたどる。。。

相方は昨日もやってみたけど激泣きで、
少し休憩入れてなれさせようとしたのだが敗北。
「チっクショ〜〜・・・だめか」(ー。ー;)
冷めきった哺乳瓶をダイニングテーブルの上に置き、肩を落とす相方。

┗(-_-;)┛オテアゲ
「なんだよ・・・くやしいなー!」
哺乳瓶の中身をにらみつけたがはやいか、開けてゴクゴクッ。

<b>粉ミルク飲んじゃった!</b>

ヤケ飲みですか。。。

土曜も・・・相方がやってみたけど、子どもは断固拒否つらぬいてて、
「ちょっと貸してみ」
私が代わると・・・ングングっ
相方「なんで??」
根気よくやってるうちにミルクが固まって、乳首の先に詰まっていそうだったので
つま楊枝でつっついてからにした、というと、「それを言ってよ」と。

いやいや、それが主原因じゃないはずだよ・・・

そうさねー、上体の起こし方とか、首の角度とか、
哺乳瓶の乳首の含ませ方の過程がポイントかな。
横から口出しすんのもナンだから黙って見てるんだけど・・。

相方は今日もチャレンジしたけど、かわいそうなことに
相方から私に代わると飲んで、相方に変わった途端飲まない・・・
相方「ほらぁ、ゼッタイ人選んでるよ!」
そうかもねぇぇ・・・

私ができるのは当たり前なんだよねぇ母親だから。
母乳100%でいけてるんだけどねぇ、今月も体重順調に増えてたから
何の心配もないんだけど・・・
私以外の人がミルクできるようにならないと、
買い物にも出られましぇん。。。
posted by CHARLIEE at 00:27| 子育て・家族・親 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月29日

いろいろあったなぁ−その2

いろいろあったなぁ。出産まで、と思って。なんと結婚10年目なんだな今年。
出産ひと段落してやっと気づいた。

なんで10年もタメてたかというと
(けっこう不思議がる人いる(笑))

紆余曲折。

まず結婚3年で産もうとしていたとこ
相方が2年目に失業。
というか。
ブチキレて退職

業務もひどけりゃ人間関係もひどい。
上層部が社長の親族で占めてて+専務がバカ息子ってパターン。
相方も「辞めてえ」ともらしていたし、普段からよく私も半分冗談で
「辞めちまえ」と言っていた。

すぐ転職と軽く思っていたが、相方は30だったし
目に障害もあり、仕事も限られている・・・。

目に障害があってできること。
目に負担がなく、手帳を持っている人でも働けそうな職種。

相方は整体を学びたい、と。 
専門に3年通って国家試験合格後、整体の職を探すと。

・・・・・・3年かぁ・・・・・・
・・・・・・3年もかぁ・・・・・・・
・・・・・子どもどうすんの・・・・・
・・・・いや、
・・・・・・たった3年か・・・と言い聞かせ

仕方がないからバイトもしないで3年間勉強に専念してもらい、
生活は私がサポート。

国家試験受かって職も決まった後は、さぁ家族計画をと思いつつ、
今度は私の仕事に脂がのってきて多忙を極めていたころ。
運悪く、いよいよ精神を病んでしまい、すべてにやる気をなくす。

ほいで、
立ち直った頃、実家の母が入院。
仕事場と入院先を行ったり来たり。 自分も精神的に疲れた。
膠原病と診断され、家族計画どころでなくなった。

その膠原病も、大学病院で(前の病院の)誤診と判明。(←腹立たしい!)
ちなみに06年は私、大厄。 文字通りトホホな年に。
この年の会社の納会で、後輩たちに
「来年の今頃は産休とってるから」と公言していた。

だが・・・
ではそろそろマジで家族計画を。
私もやばいよ消費期限が!
・・・と思ったら

今度は
翌年、義理の父がC型肝炎で入院。

08年春、仕事の配置換えの話し合いで、
デカい仕事に戻ってきてほしい意見が自分に出ていると聞き、
もう今年はこれ以上頑張り過ぎなくていいと決意。
「年末はたぶん腹デカくなってるからダメ」と公言し拒否。(言うたった!) 
08年9月妊娠判明。 09春、出産。

ここまで長かった。
でも、つくろうと思ってからが異様に早かったな(爆)。
  〜完〜
posted by CHARLIEE at 21:21| 妊娠〜デカ腹時代〜出産 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月28日

いろいろあったなぁ−その1

もうすぐあの、心がまえができていない状態での(笑)陣痛〜出産から
2カ月経つ。

予定日はまったくの「予定」にすぎないのに、
自分も相方もやっぱり心は「その日」に集中していた。
しかも健診で生まれる兆候はまだないとまで言われていたし、
予定日越す、くらいに軽くかまえてたとこに・・だかんね。

スヌーピー巨大抱き枕をリビングの椅子に乗せ、しかと抱きしめ、
椅子に後ろ向きにまたがり、苦しみながら病院に電話してた4月29日夕方。

陣痛の時も、分娩台の上でボート漕ぎしてる時も(笑)
こんなに痛い思いするんならもう嫌だぁ・・・
もーー・・・産むのは今回限り!
子どもは3人くらい欲しかったけど、ひとりでいいわ!
と思っていたのが、

あら不思議。
育てていくうち、

もひとり欲しい・・・!!! 37か38でもうひとり・・・!!!

人間って欲張りだ。

あと思ったのは、双子を出産した友達・親戚が3人いるんだけど、
どうやって育てたの!!??という疑問というか、脱帽というか
ほんと、敬服してしまう。 その苦労に。

振り返れば
お産の時には、リラックスして自由に体を動かしていきめる
と思ったらとんでもない。。。
左腕には■子宮収縮剤(=陣痛促進剤)の点滴
腹には■心音監視装置
口には■酸素マスク

三重苦・・・
羽交い締めされてるみたいだったな・・・あれは。

私の心臓に悪かったのは、
いきみが続くと、スピーカーから出てくる赤ちゃんの心音が急に弱くなったりして
「赤ちゃんに酸素が行かなくなってきてるからマスクはめますね」
(ひょえーっ・・・やばいよやばいよっ!)
超アセるんだけど! 

お産が始まり1時間経った時、やっと
「赤ちゃんの頭見えてきましたよ〜 髪の毛見えてます〜」
(おおっ☆激痛から解放されるっ♪)と思ったら

<b>「親指のあたまくらいね」</b>

ズコッ☆_| ̄|○ oOO ハーアァァ

(なんだ・・まだまだじゃん!)(凹) 道のり遠いな・・・

事前の出産の希望のアンケートで、子供の頭が出てきたら
鏡で見たいかどうか、と聞かれて(笑)、
自分の・・・を鏡で見るって(爆)・・どんなメリットがあるのかと思ったら
「やる気が出てくる、がんばれる」
と聞き、見ますという希望を出していたのに、当日余裕ないので結構ですと断った。
どんなすごい光景だったんだろうなぁ〜。と今さら思ったりして。

〜いろいろあったなぁ−その2 へつづく
posted by CHARLIEE at 10:30| 妊娠〜デカ腹時代〜出産 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする